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弱腰、迎合では理解は生まれない

毅然とした態度が国際社会で受け入れられる。

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 昭和7年(1932年)、支那(シナ)は非常に治安が悪く福州で収奪目的の学生秘密結社がいくつも存在していて日本人教師夫妻が標的にされ「殺す」と脅されていました。脅されていた教師は何の咎(とが)もなく、家が支那人の近くにあり、警備が十分ではなかったのでカモにされていたのです。日本の総領事は主権国家に対する礼儀を重んじて福州当局に警備をお願いしました。
 要請を受けた当局は支那兵を配備し、数日間は交代で24時間の警備に当たったのですが、ある夜、何の前触れもなく、消えました。そして策を講じるまもなく、夫妻は襲われ殺されました。日本人の怒りは頂点に達し、田村総領事は
「警備に落ち度があったから今回の事件がおきた。重大な過失に対しご遺族に5万ドル賠償願いたい」と申し出ました。しかし、言を左右にしてまともに返事をしません。そこで田村領事はこういいます。

「よろしい。これ以上申し上げることはない。後はそちらのご判断次第である。一言申し添えるが、当方はすでにことの詳細を海軍に打電し、軍艦数隻がこちらに向かっている。おわかりかな。熟慮のほど、重ねて願い申し上げる」

 すると支那側は翌朝には5万ドルを現金で持ってきたという。そして福州では日本人に対する態度が一変し、日本人殺害はもちろん、あらゆる反日行動がぴたっとやみ、日本人は最高の扱いを受け、最も尊敬される外国人になりました。アメリカやイギリスは軟弱外交だったため、反米、反英運動に忙殺されたままでした。

 国際社会というのはこういうもので、軍事力が背景であるのは当然で、かつ毅然とこちらの言い分を主張しなければなりません。そうすることにより相手は敬意を払い、初めて対等に話が出来るのです。現在でも本質は変わりません。

 平成16年(2004年)、自衛隊の田母神俊雄元空
長が統合幕僚学校長時代に中共で研修を行ったときの話です。参加した学生たちとともに総参謀部ナンバー2の範長龍参謀長と面談しました。面談で範中将は歴史認識について語り始め、彼は満州の瀋陽軍管区の生まれで子供の頃から、両親や親族から日本軍の残虐行為を繰り返し聞かされたと話始めました。範中将の話が終わる様子がないので、田母神氏は手を挙げて話を遮って次の様に発言しました。
 
「私の歴史認識は範中将とまったく異なる。私は端的に言って、日本軍が中国に対して悪いことをしたとは思っていない。日本は諸外国との比較で言えば、極めて穏健な中国統治をしたと思っている。日本人の中には範中将と同じ見解を持つものもいるが少数派である。平和な時代にも暴行はあるし殺人はある。それだけを取り上げて残虐行為が頻繁に行われたという中国側の歴史認識にはまったく同意できない。日本軍が実質満州を統治するようになってから満州の人口はどんどん増加している。それは満州が豊かで治安が良かった証拠である。残虐行為が行われる場所に人が集まるわけがない。
 私は中国が日本に謝れというならば、イギリスにたいしてはその五倍、十倍謝れと言ってやっとバランスが取れると思っている。それでも中国が日本に対してだけ残虐行為を吹聴するのは何か目的があるからに違いない。日本はアメリカから原子爆弾を投下され、東京大空襲も受けた。今日の言うところでの民間人に対する無差別テロである。しかし、日本はもはや日米会談のたびにアメリカに謝罪要求することはしない。そんなことを言っていては日米関係が未来志向の関係にならないからである」


 田母神氏が話し終えたあと範中将はややびっくりしたような表情をし、「歴史認識の違いが日中軍事交流の妨げにならないようにしたい」との趣旨を語りました。そうすると中共側のリアクションがありました。田母神氏らが出国する前の晩に日本側が開いた答礼の宴に、中共側からはだれも将官が出席しなかったのです。中共側の対応は国際儀礼上あり得ないことでした。そして更に中国国防大学が日本の統幕学校訪問を取りやめると連絡してきたのです。しかし、どういう風の吹き回しか訪問予定の直前になって再び訪問を申し入れてきたので日本側は歓迎する、と答えて研修団を受け入れることになりました。
 一年たったときのこと、統合学校の副校長で海上自衛隊の高橋海将補という人が、中共に引率して行ったとき、田母神氏が行ったときに会ったリー・デンシェンという陸軍中将政治局員がまだ国防大学にいたそうです。
 彼は第一声、
「田母神空将はどうしていますか?」と言い、高橋海将補が「彼は今、航空自衛隊の最高指揮官です」というと、「そうですか、じゃあよろしく言っておいてください」と言ったそうです。また、中共の国防大学には、田母神氏が訪問したときの写真が大きく飾ってあったといいます。国際社会はこういうものです。いたずらに相手に迎合したりペコペコしたりしてはダメで、言うべきは言う毅然とした態度によって相手に認められ、そこから友好が生まれてくると言えます。



参考文献
 芙蓉書房出版「暗黒大陸 中国の真実」ラルフ・タウンゼント(著)/田中秀雄・先田賢紀智(訳)
 WAC「自らの身は顧みず」田母神俊雄(著)
 海竜社「日本は侵略国家ではない」渡部昇一・田母神俊雄(共著)

添付画像
 日本人将校による日本語の授業 (中国江蘇省鎮江、昭和13年1月20日)(PD)

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