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デバイド・アンド・ルール

白人の常套手段、分割統治。

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 デバイド・アンド・ルールは民族間を分断し、民族同士が力を結集しないように、あるいは民族間を争わせて宗主国が統治しやすいように、宗主国への抵抗を和らげる植民地支配政策のひとつです。職業や宗教による民族分断の手法もあり、例えばヒンズー教徒と回教徒を仲たがいさせるなどあります。

 第二次世界大戦以前、イギリスはアジア植民地支配の覇者でした。インドでは一定のインド知識層を優遇して懐柔し、民族内で差別化したり、インド独立運動の宗教的分断を図り、親英的組織をつくり、宗教間で対立するよう仕向けました。
 ビルマ(現ミャンマー)ではインド人を使ってビルマ人を支配させ、ビルマ人の怒りの矛先がインド人へ向くよう仕向けました。終戦後、ビルマに抑留になった日本兵の記録を見ていると、ビルマ人が日本兵相手に商売していたのがバレてしまい、イギリスの司令官がインド人を使って禁止令を出しました。ビルマ人の怒りの矛先がインド兵に向かい、インド兵が非番で休養しているときにビルマ人が集団で襲うのです。そしてそのインド兵は抑留されている日本兵のところに逃げてきました。インド人とビルマ人のいざこざは絶えず、集団で睨みあう場面にも遭遇し、
「マスター(日本兵のこと)はこっちに味方してくれ」といわれ、困ったと書いてあります。

 インド、ビルマ統治の成功に味をしめたイギリスはマレーにデバイド・アンド・ルールを持ち込みます。マレー半島は3つに分割され、シンガポール周辺はイギリスの直轄地とし、残りを2つに分けていました。マレー人は農業に従事させ、鉱山の開発や天然ゴムの生産にはインド人や支那人連れてきて使いました。土地を分割し、そして職業による民族分断をはかったのです。戦後、マレー人と支那人の対立が起こり、そのためシンガポールが独立国として誕生したのは多くの方がご存知でしょう。デバイド・アンド・ルールは多くの後遺症を残し、インドやミャンマーでも現在、後遺症に悩んでいるといわれています。

 これらは白人の植民地支配地域だけの話ではなく、日本でも存在します。戦後、GHQは朝鮮人と台湾人を「三国人」とし日本人と区別しました。台湾は中華民国が統治することになったので、台湾人は戦勝国民とされました。朝鮮人は威張りまくり朝鮮進駐軍を名乗り、暴虐の限りを尽くしましたが、GHQは積極的に取り締まろうとせず、日本人と朝鮮人が対立するよう仕向けたのです。台湾人の当時の記録を見てみると朝鮮人が物を盗んだので、取り返そうとしたら
「なんだお前、朝鮮人をバカにするな!降りて来い!」と、たちまち数人に取り囲まれたと述べています。汽車の中で朝鮮人は執拗に日本人乗客をいびり続け、若い女性がトイレへ行こうとすると通路を塞ぎ、次の駅で降りるよう指示するなど、この台湾人ははらわたが煮えくり返る思いで眺めていたと書いています。
 日本民族、朝鮮民族、台湾民族の三民族が力を結集し、白人に牙を向いたのが大東亜戦争ですから、連合国としてはこの三民族を分断せねばならなかったのです。韓国を独立国としてたちあげ、反日政権を据えたのもデバイド・アンド・ルールです。

 連合国は沖縄にもデバイド・アンド・ルールを適用しました。「琉球」という言葉を戦後、米軍が復活させます。琉球政府、琉球大学、琉球銀行など「琉球」の文字を使わせます。琉球人(ウチナンチュ)であり、大和人(ヤマトンチュ)ではないという意識を植え付けるのです。米軍には心理作戦部隊というのがあり、沖縄県民の日本復帰願望を削ぐため
「琉球はもともと独立国だった。それを廃藩置県で日本に侵略された。戦前、沖縄人は日本国民から差別されていた」という歴史観を流布していました。マッカーサーは「琉球人は日本人に非ず」と発言しています。

 我々はこういったカラクリを良く理解しておかなければなりません。韓国人が反日感情を持つ、日本人が嫌韓感情を持つというのはデバイド・アンド・ルールがもとになっています。さすがに沖縄では琉球独立云々といったり、植民地支配されたなどという人はほとんどいないでしょうけど、本土から沖縄へ行った人が沖縄の人が流暢な日本語を話すのに驚いた、と言うのとか、沖縄の人が本土人へわだかまりを持つというのはいくらか残っていると思われます。またメディアが軍の強制によって集団自決したと大騒ぎするとか、「日本は単一民族」と言ったらヤイヤイ騒ぐというのもあり、白人にしてみればデバイド・アンド・ルールにまんまとひかかってくれているな、と思うわけで「沖縄にしろ本土にしろ日本人を大量虐殺したのは自分たちなのに、バカなイエローモンキーどもだ」というのが白人の本音でありましょう。



参考文献
 PHP「日本はどれほどいい国か」日下公人 高山正之(共著)
 日本教育新聞社「日本人よありがとう」土生良樹(著)
 中公文庫「アーロン収容所」会田雄次(著)
 小学館文庫「台湾人と日本精神」蔡 焜燦(著)
 小学館「沖縄論」小林よしのり(著)
参考サイト
 WikiPedia「インド」


添付画像
 琉球政府庁舎1953年(PD)

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