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マッカーサーを激怒させた男

マッカーサーを激怒させたパケナム記者。

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 ニューズウィーク東京支局長で英国人のコンプトン・パケナム記者は米軍占領時代に日本を取材し、昭和天皇の信頼が厚かった松平康昌や鳩山一郎、吉田茂、樺山愛輔、白洲次郎、野村吉三郎らと交流がありました。この人の肉筆の日記が発見され、ジャーナリストの青木冨貴子さんが平成21年(2009年)新潮45の8月号よりパケナムの日記をもとに戦後の日米秘史を連載しました。平成23年には本も発売されています。

 昭和23年(1948年)、グルー元駐日大使を名誉会長とし、ドーマンなどの知日派を集めた対日協議会が発足します。活動の中心となったのは、ニューズウィークの外交問題編集局長ハリー・カーンです。カーンは戦前からの日本の指導層と親しいコンプトン・パケナムを東京顧問としました。パケナムは昭和21年夏には日本に入国しており、公職追放された元駐米大使の野村吉三郎に会いにいき、銀行口座も凍結され、収入もなく、病身の妻の薬すら手に入れることができないのを目にし、野村に缶詰やタバコを差し入れするようになります。そして早速「占領は失敗の連続」とニューヨーク本社へ打電。

昭和22年(1947年)1月27日記事
「産業界、金融界、商業界のリーダー25,000から30,000人が職を奪われることになった。・・・要するに日本の経済構造全体を支えている人々が仕事から締め出されようとしている」

「日本でもっとも活動的で能率がよく、経験豊かで教養もあり、国際感覚をあわせもつ層、まさにアメリカに最も協力的な層が切り捨てられることになった」

「日本経済の主導権が新円長者や、ヤミ投機家の手に移り、極左グループに利用されて、隙を狙っているソ連に好都合になる」


 そしてこの追放抗争については占領軍将校のなかにも困惑する勢力があり、実態調査のためにワシントンから日本に調査団を送るべき、と主張しました。

「自分の指揮下にある民政局の行動がどのようなイデオロギー的意味をもっているのかについて、果たしてマッカーサーは気づいているのだろうか」

 ハリー・カーンも来日し、取材してまわり、
「日本で起きている驚くべき危機的状況をはじめて包括的にリポートする」と発表します。

「真に抜本的な対策がとられないかぎり、・・・アメリカの世界再建と共産主義封じ込め政策の一環として日本を『極東の工場』にする機会は消えうせるだろう」

「公職追放があれほど大規模に行われたのは、ひとつには民政局のホイットニーの性格ではないか」

「民政局内でもホイットニーは人気のある人物とはいえない。日本人は”キツネが憑いているのではないか”とさえ言っているいるのだ」

「マッカーサーの孤高を保つ姿勢によって日本人の目には彼が一種の神のように見えていた・・・しかし、その姿勢がかえってその後に起こった多くの出来事からマッカーサーを切り離すことにもなったのだ」


 マッカーサーは激怒し、パケナムを「ファシスト」、カーンを「反動」とののしり、パケナムの記者証再発行を拒否するという異例な事態にまで発展しました。

 この頃のGHQは民政局(GS)と参謀第二部(G2)の対立があり、民政局がアカ系を支持して、公職追放を推し進めていました。参謀第二部はこのやり方に困惑し、反対し、吉田茂の日本自由党に肩入れしていました。ホイットニーは民政局のドンで影の実力者は配下のケーディス大佐です。ケーディスといえばGHQ憲法の仕掛け人です。パケナム記者が「イデオロギー」と言っているのは民政局内のアカ系思想のことで、GHQ内でホイットニー一派を嫌う者たちは彼らのことを「ピンカ-ズ(赤いやつ)」と呼んでいました。GHQ憲法はピンカーズが作ったわけです。

 パケナム記者のバックにはトルーマン大統領がおり、陸軍長官からの命令により、パケナムは日本再入国を果たすことができました。これがマッカーサーとトルーマンの亀裂第一歩となりました。
 昭和23年ごろから民政局の影響力は次第に低下していき、影の実力者ケーディス大佐は失脚し、昭和24年、吉田長期政権が本格的スタートすると占領政策は「反共」へ大転換していくことになります。



参考文献
 新潮45・2009.8「昭和天皇に密かに通じ、マッカーサーを激怒させた男」青木冨貴子
 新潮社「昭和天皇とワシントンを結んだ男」青木冨貴子(著)
 講談社文庫「白洲次郎 占領を背負った男」北康利(著)
参考サイト
 岡崎久彦 「百年の遺産-日本近代外交史(71)」【「逆コース」を歩む】 占領政策転換、足早に成果
   http://www.okazaki-inst.jp/hyakuisan71.html
添付画像
 「バターン号」で厚木海軍飛行場に到着したマッカーサー(PD)
 

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