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怪文書・田中メモランダムがノモンハン事件に使われた

侮れない宣伝戦。

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 田中メモランダム(田中上奏文)というのは第26代内閣総理大臣・田中義一が昭和2年(1927年)、昭和天皇へ極秘に行ったとされる上奏文であり、支那侵略・世界征服の手がかりとして満蒙(満州・蒙古)を征服するための手順が記述されているという捏造文書です。

 昭和4年(1929年)に南京で出版されている「時事月報」に漢文で書かれた「田中メモランダム」が報じられました。そして英文パンフレットとなって全世界にばら撒かれたのです。この頃、支那では排日運動がおきており、その運動用資料として繰り返し宣伝されました。

「・・・支那を征服せんと欲せばまづ満蒙を制せざるべからず。世界を制服(誤字)せんと欲せば必ずまづ支那を征服せざるべからず。もし、支那にして完全にわが国の為に征せられんか、他の中小亜細亜、インド、南洋等の如き異服の民族は、必ず我を敬畏して我に降服すべく、世界をして我国の東洋たるべきを知らしめ、永久に我国を侵害することなからしむるに至るべし。・・・」

 漢文をそのまま日本語に翻訳したものですが、天皇に上奏する文書に誤字などありえず、文書のどぎつさからして日本人ならすぐ偽物とわかります。他の内容にはとっくに没しているはずの山県有朋が9カ国条約に登場していたり、田中首相がフィリピン訪問したのが欧米になっていたり、ズサンなものです。しかし、これが東京裁判で「共同謀議」の根拠として検察側の冒頭陳述で述べられていますから驚きです。宣伝戦を侮ってはならないということです。例えば現在でも中共は日本軍の三光作戦といって「殺しつくす、奪いつくす、焼き尽くす」などと宣伝していますが、日本軍にそんな作戦などあるはずなく、中日辞典をひけば三光というのは支那語であり、日本語ではないことがすぐわかろうものですが、中共人は信じているのでしょう。プロパガンダの恐ろしさです。

 この田中メモランダムは張学良らの排日工作(ソ連KGBの前身OGPとも)によって作られたということがわかっていますが、手が込んでおり、多くの国が信じていたようです。そしてノモンハン事件でも使われたのです。

 昭和6年(1931年)ソ連は満州事変が始まると田中メモランダムを大々的に広め、満州国が出現するとハルハ河にあった国境線を満州国側にずらし、ノモンハンを通る線で国境を引きなおします。昭和14年(1939年)のノモンハン事件でソ連側はこの田中メモランダムが実行されたとうたい、ソ連兵士に対して「日本の侵略」として、そこからモンゴルを守るという戦争目的を徹底していたのです。

 戦後になればさすがにこのような偽文書はどの国の歴史学者でも見破りそうなものです。ところがそうでもなかったのです。平成元年(1989年)にソ・モ・日の研究者を招いたハルハ河円卓会議というのがモスクワで開催されています。日本から出席したのは言語学者の田中克彦氏だけでした。そこで日本代表として何か発表して欲しいと急にいわれた田中氏は徹夜で原稿を書き、「辻政信という参謀が名誉欲しさと冒険心で最初から最後まで動かしてきた」と論じました。田中氏の論はトンデモ論ですが、予想していたより大きな反響(不評・反論)で迎えられたそうです。ソ連の研究者は田中メモランダムによって大規模な侵略計画が実行された、ということを信じていたのです。さすがにソ連崩壊後、田中メモランダムを信じているロシア研究者はいないようで、ほとんど言及されないらしいです。ようやく中共でも最近になって田中メモランダムは存在しなかったという見方がだんだん主流になってきているといいます。



参考文献
 転展社「大東亜戦争への道」中村粲(著)
 岩波新書「ノモンハン戦争」田中克彦(著)
 光人社「騙しの交渉術」杉山徹宗(著)
 文藝春秋「日本よ、歴史力を磨け」櫻井よし子(編)
参考サイト
 Wikipedia「田中上奏文」

添付画像
 戦車第四連隊の九十五式軽戦車 歴史街道2011.05より

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コメント

田中上奏文という言葉は聞いたことがありましたが、こういうものだったんですね。それにしても、日本人は外交がやはり下手なんですね。こういうウソが広まったときに直ぐに否定することを怠らないようにすべきですね。未だに外務省はこういうことを学んでない気がします。情報発信も即座に対応するということが大事ですね。国際社会への意見表明も遅すぎることが多いですよね。
転載させていただきます。
いつもどおりGOOとJUGEMにのせます。

kakinokiさん、コメントありがとうございます。
情報戦に弱いのは今もですね。日本人は宣伝下手というか、宣伝することはあまりよくない、という意識があるような気がしています。
転載ありがとうございます。

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