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南京からトンズラした支那の大将

支那軍の大将は無責任にもトンズラした。

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 昭和12年(1937年)8月に勃発した第二次上海事変は12月に支那の首都、南京戦へと移ります。南京は地理的にみると包囲されやすく殲滅されるおそれがあり、支那軍は南京防衛は無理と判断しました。支那軍のドイツ軍事顧問団も南京の放棄を主張しました。
 12月7日、蒋介石主席、何應欽軍政部長ら政府首脳は市民と南京防衛軍をおきざりにして早くもトンズラします。ここでもう南京市内はパニック状態になります。公務員、警察官、郵便局員、電話、電信、水道の工員にいたるまで大脱出がはじまります。防衛司令官の唐生智が南京に残り抗戦することになっていましたが、治安もくそもなく、放火、掠奪の街となり暗黒の都市となります。
 日本軍は12月9日に降伏勧告文を空からまき、10日に回答を待ちます。しかし、唐生智将軍は無視。日本軍は攻撃を開始します。ところがびっくり、唐生智将軍も12月12日にトンズラしたのです。南京防衛軍兵士たちも大混乱となります。

 支那びいきだった日本軍の総司令官松井大将は「がっかりした」と松井軍司令官付岡田尚氏に述べています。岡田氏は支那側の軍使を中山門に行って出てくるのを待っていた人です。岡田氏は南京戦を以下のように回想しています。

「私は正直言って中国びいきです。満州国を作ったのも賛成じゃない。日支事変も日本がやりすぎたところがあると思っています。しかし、南京の降伏拒否は中国が悪い。しかも結局、最高司令官の唐生智は逃げていますからね。あれは中国の悪いところで義和団のときも同じで、清の責任者は最後になると逃げています。会社がつぶれるときと同じで、責任者がいなければ会社は混乱して、社員は物を持って逃げますよ。
 降伏拒否がなければ捕虜の問題も起きなかったと思います。国際法上、とよく言いますが、国際法上からいえば中国のやり方はまずいと思います」

NYタイムズ・ダーディン記者(南京城内にいた)
「確かに蒋将軍はあのような大混乱の起こるのを許すべきではなかった。確かに唐将軍も自分が最後までやり通すことができず、とどのつまりは不首尾に終わった。犠牲の道を踏み出したことは強く批難されるべきである。唐は、その日いくつかの小部隊の援護で、日本軍が市内深く侵入するのを支えながら、総退却の配置をすることによって、状況を救うなんらかの努力をしてもよかった。そんなことが行われた様子もなく、いずれにせよ状況は改善されなかった。唐は自分の幕僚の多くのメンバーにも知らせず、指揮者なしに軍を置き去りにしたことは全面的破壊の合図となった」

 南京事件を語る上で、このトンズラ大将らのことがどれだけ語られているでしょうか。南京で日本軍は反抗的な支那敗残兵の一部を処刑しています。これを摘まんで”大虐殺”とステレオタイプに叫ぶインチキ日本人や外国人がいますが、責任ある立場の人がいて正規の降伏手続きを行っていれば、停戦、武装解除となり国際法上「捕虜」として認められていたはずです。日露戦争の旅順戦や大東亜戦争のシンガポール戦を見ればそうしています。南京戦では支那の大将が市民も兵士も見捨てたのです。敗残兵の処刑を批難するなら支那のトンズラ大将を批難すべきでしょう。




参考文献
 小学館文庫「南京事件の総括」田中正明(著)
 小学館文庫「『南京事件』日本人48人の証言」阿羅健一(著)

添付写真
 句容に入る大野部隊(昭和12年12月5日) 
 中華門より入城せんとする千葉部隊(昭和12年12月13日)
    ~ 日新報道「南京の真相」

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これが真実、南京入城だ!
http://www.youtube.com/watch?v=Z3L3eVE1kQA


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08.南京虐殺という大嘘」カテゴリの記事

コメント

今、「マオ 誰も知らなかった毛沢東」(ユン・チアン 講談社)を読んでいるのですが、著者によれば、毛沢東は戦争当時も、その後も、一生にわたって南京大虐殺について一言も語ったことがないそうですね。やはり作り話しと考えていいと思います。

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