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朝鮮の労働蔑視社会を変えた日本

日本統治がもたらした勤勉さ。

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 14世紀末から20世紀初まで続いた李朝時代の朝鮮は両班(ヤンバンあるいはリャンバン)と言われる貴族階級があり、儒教が説く成人君主たる条件である
「働かず身を動かさない」という教えを守り、極端に労働蔑視していました。

グレゴリー・ヘンダンーソン 『朝鮮の政治社会』
「国家と民衆を食い物にして私腹を肥やすことしか考えていなかった」

イザベラ・ルーシー・ビショップ(英作家)
「両班はキセルですら自分で持たず、徹底して何もしないのが慣わしだった」

 高宗(李氏朝鮮王朝の第26代君主)が米公使館を訪れたとき、公使館員が庭でテニスをしているのを見て
、「あのようなことをどうして奴婢(ノビと言われる賤民)にやらせないのか」と言ったといいます。運動まで蔑視していたのです。

 明治37年(1904年)からの日露戦争で朝鮮半島の民衆は日本軍に協力しており、その中には両班も居ましたが、従軍した兵士によると
「両班は生意気で、怠け者ばかり。なんべんか両班のやつをくらした(殴った)ことがある。働かんからだ。日本の村にあげなもんはおらん。威張ったゴミたい」(博多弁です)と述べています。「労働」に対する考え方が異なるのですから日本人にとっては驚きだったでしょう。ちなみに日本人は「労働は美徳である」と神話から来る伝統で考えており、西洋人は労働は「神が与えた罰」とキリスト教の教えで考えています。

 この労働蔑視の考え方を変えたのが明治43年(1910年)からの日本統治でした。日本は半島に朝鮮総督府を設置し、両班の問題および農民自身にも積極的な労働意欲が無いことに着目し「勤労愛好、自主自立、報恩感謝」のスローガンを掲げ、農民を覚醒させ「自ら開き、自ら律し、自ら治め、自ら励み、自ら働く」という「独立自尊」の精神に基づいて農業を展開していきます。
 宇垣総督は農民生活の実態を把握するため地方巡視の際には村落に入り、自ら更生計画農家を視察しています。また郡守や村長の説明を聞き、農民を訪ね激励しています。農村振興のため、中堅人物、中堅青年の育成、婦人講習会、ハングル講習会、家計簿の普及などの指導が行われます。善意と愛情に満ちた農村振興運動は官民各層の共鳴を呼びました。
 朝鮮農民たちに日本式の集約的、多角的な農業経営、改良農法、新農法、品種改良をみせ、日本農民が老若男女の差無く家族ぐるみで農事に従事し、厳冬の室内作業やその他の副業に励む堅実さ、計画性を見せて朝鮮農民に新風を吹き込んでいきます。こうして朝鮮農民に大きな変化をもたらし、総督府のインフラ整備とあいまって生産性が向上し、近代市民社会へ向かったのです。

 現在、韓国では日帝によって文化が破壊されたとしてしています。たしかに「労働蔑視」という大切な韓国の儒教文化を日本が破壊し、「勤労の精神」に変えたわけです。しかし、それは韓国人の生存のために必要な条件であり、朝鮮戦争後の復興にも、その後の先進国化にも「勤労の精神」は役だってきたのです。



参考文献
 扶桑社「日本の植民地の真実」黄文雄(著)
 朱鳥社「日本人が知ってはならない歴史」若狭和朋(著)
参考サイト
 WikiPedia「両班」「高宗 (朝鮮王)」
添付画像
 大邱市街 国書刊行会「望郷 朝鮮」より(PD)

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