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天皇皇后両陛下の被災地お見舞いと福祉施設ご訪問

大御心はありがたい。

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  天皇皇后両陛下は国内に災害などがあると災害後間もない被災地にお見舞いに行かれます。東日本大震災では平成23年3月31日、東京武道館に避難している被災者のもとを訪問され慰問されたのを皮切りに各地の被災地を訪問されています。武道館ご訪問の報道によると両陛下はすべてのグループをお声がけされ、時間が50分もオーバーしています。両陛下のスケジュールは分刻みですので、侍従は何度も陛下に耳打ちしたと思いますが、こういうケースでは陛下はお聞き入れにならないそうです。食事の時間を削ったりして調整されるといいます。

  平成23年4月14日には千葉県旭市を訪問され、初めて被災地に入られました。両陛下はいつもの通り、膝をついて被災者の方々と同じ目線でお言葉をかけられます。こうした光景は平成に入ってから見られるようになりました。昭和の時代は少し違い、戦災を受けた国民を励ますための全国巡幸が行われています。


  両陛下の被災間もない現地ご訪問 ()は災害発生日
  ・平成  3年  7月10日    雲仙普賢岳の大火砕流被災地へ(6月3日)
  ・平成  5年  7月27日    北海道南西沖十進で津波の被害にあった奥尻島へ(7月12日)
  ・平成  7年  1月31日    阪神淡路震災の被災地へ(1月17日)
  ・平成16年11月  6日    新潟県中越地震の被災地へ(10月23日)
  ・平成19年  8月  8日    新潟県中越沖地震の被災地へ(7月16日)


  この他、災害からしばらくたっているものの、伊豆諸島で続いた地震や三宅島噴火の被災地の復興状況視察やお見舞い、福岡県西方沖地震被災地の復興視察に行かれています。
  両陛下は現地の復興作業に迷惑かけないため、自衛隊のヘリや小型機を使用されたり、マイクロバスをお使いになり車列を短くするなど様々な配慮をされます。警備も最小限にするよう現地警察に申し入れたり、県警本部の本部長の同行を「復旧作業の指揮にあたってほしい」とお断りになることもあります。

  天皇皇后両陛下は被災地ご訪問のほか福祉施設を訪問されます。年3回定期訪問されます。


  子供の日前後・・・児童福祉施設
  敬老の日前後・・・高齢者福祉施設
  障害者週間前後(12月3~9日)障害者福祉施設


  このほか天皇陛下は皇太子時代より特に思いをかけられていることにハンセン病患者のことがあり、昭和50年(1975年)には沖縄の「沖縄愛楽園」を視察されています。両陛下は地方行幸啓の際に周辺に療養所があった場合、必ずと言っていいほど訪問されています。大正天皇の皇后、貞明皇后がハンセン病の予防救済に尽力されていたことを受け継がれているのだと思います。

  こうした皇室の福祉には伝統的なつながりがあり、日本最初の福祉は奈良の大仏を作った聖武天皇の皇后、光明皇后が開いた悲田院、施薬院といわれています。

  明治以降、主に皇后陛下が福祉に力を入れられ、昭憲皇太后は東京府養育院東京慈恵医院に多額のお金を下賜、看護学校の卒業式にご出席されたり災害や事故があると慰問し、お金を下賜しています。また聾学校や身障者の保護にご熱心でした。現在の皇室の福祉の取り組みは昭憲皇太后が原型をお作りになったといわれています。韓国で福祉活動をされた李方子妃殿下もこの影響を受けてのことでしょう。

  赤十字には「昭憲皇太后基金」というのがあり、明治45年(1912年)の第9回赤十字国際会議で昭憲皇太后が寄付した10万円(現在の約3億5000万円)をもとに創設され、その利子は各国の赤十字社に配分して保健衛生事業や災害救護活動に役立てられています。ちなみに美智子皇后陛下は現在、日本赤十字社の名誉総裁をお務めになっています。

  天皇皇后両陛下の福祉への思いは「大御心」であり、それは伝統として受け継がれているものです。常に天皇皇后両陛下は国民とともにあり、大御心は健常者が普段忘れがちな障害者にもちゃんと照らされているのです。



参考文献
 講談社現代新書「天皇陛下の全仕事」山本雅人(著)
 小学館「天皇論」小林よしのり(著)
参考サイト
 WikiPedia「東日本大震災に対する皇室の対応」
 宮内庁
  東北地方太平洋沖地震に伴う避難者をお見舞(東京武道館(足立区))
   http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/photo1/photo-20110330-1820.html
  被災者お見舞(旭市海上公民館(旭市))
   http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/photo1/photo-20110414-1838.html
 両陛下、都内の避難所をご訪問 すべてのグループに声をおかけに+(1/2ページ) - MSN産経ニュース
  http://ceron.jp/url/sankei.jp.msn.com/life/news/110331/imp11033101240000-n1.htm

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東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば
http://www.youtube.com/watch?v=YhyYGt3F0C0



東日本大震災1周年追悼式
平成24年3月11日(日)(国立劇場) 天皇陛下のおことば

  東日本大震災から1周年,ここに一同と共に,震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。
  1年前の今日,思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ,ほぼ2万に及ぶ死者,行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め,危険を顧みず,人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。
  さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより,危険な区域に住む人々は住み慣れた,そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。
  この度の大震災に当たっては,国や地方公共団体の関係者や,多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ,被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で,避難者の心を和ませ,未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に,被災者や被災地のために働いてきた人々,また,原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を,深くねぎらいたく思います。
  また,諸外国の救助隊を始め,多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも,日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆(きずな)を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。
  被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ,被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく,子孫に伝え,防災に対する心掛けを育み,安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。
  今後,人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い,御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。


宮内庁 http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/okotoba-h24e.html

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コメント

私が慶応医学部に在籍していたとき(卒業した大学は違います)
、よく耳にしたのが戦時中慶応を含む私立は医専に格下げされたのですが、
慈恵は天皇家ゆかりということで、大学として存続したとのこと
赤十字関連も有名ですよね。

和さん、コメントありがとうございます。
そうでしたか、慈恵医大でそのようなお話がありましたか。慈恵医大のそばはよく通るのですが、更に歴史を感じながら通ることになりそうです。

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