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日本のいちばん長い日

  子供の頃、「日本のいちばん長い日」という映画をテレビで見た記憶があります。白黒でした。

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 昭和20年(1945年)8月14日、御前会議で聖断が下り、ポツダム宣言受諾が決定し、終戦が決定します。終戦と言えば聞こえはいいですが、「敗戦」です。阿南惟幾陸相は青年将校を集め御前会議の報告を行います。徹底抗戦を信じていた若者たちは愕然とし、「大臣の決心変更の理由をお伺いしたい!」との声に阿南陸相はこう答えます。

「陛下はこの阿南に対し、苦しかろうが我慢してくれ、と涙を流して仰せられた。自分としてもはやこれ以上反対を申し上げることはできない」
「聖断は下ったのである!今はそれに従うばかりである!不服のものは自分の屍を越えてゆけ!」

 阿南陸相は深夜近く、鈴木貫太郎首相を訪ねました。
阿南
「総理・・・」
鈴木
「はい。何ですかな」
阿南
「ここへ至るまでに、いろいろな事を申し上げ、総理を煩わせたことをお詫びします」
鈴木
「とんでもない。今日まで内閣を支えてくださって、こちらこそ感謝しています」

 阿南陸相が陸相を辞任して陸軍が後任を拒否すれば内閣総辞職でした。そして軍政となり本土決戦に向かうところでした。阿南陸相は辞任を拒み通したのです。

阿南「これは貰い物の葉巻です。総理はお好きですから、すってください」
鈴木
「ありがとう。何よりの物です。遠慮なく頂戴します」
阿南
「では、おやすみなさい」
鈴木
「おやすみなさい」

 連合国への正式回答の打電は陸軍の妨害によって午後10時過ぎにやっとおこなわれます。そして昭和天皇は皇居、表拝謁の間で終戦の詔勅をNHKラジオ放送用録音盤に録音しました。昭和天皇はご自身の御意志で2回録音されました。
 この録音盤を奪取しようと近衛師団の青年将校が師団長を殺害。ニセの師団命令を流し、宮城各門を占拠します。録音の仕事を終わって退下する情報局総裁や技術員等を逮捕し、皇居警察に封じ込めました。この報を東部軍司令部が聞き、田中静壱大将は単身数名の憲兵を引き連れ、15日夜明けを待ってお濠を迂回し、大手門、竹橋の街路を通って近衛師団(現在の科学技術館、武道館のあたり)に乗り込み、青年将校の一部を逮捕し、宮中に参入。叛徒を退散せしめました。(宮城事件)

 阿南惟幾は15日4時40分に割腹し、7時10分絶命。

<遺書>
 一死以って大罪を謝し奉る

  昭和二十年八月十四日夜 陸軍大臣阿南惟幾

  神州不滅を確信しつつ

<辞世の句>
 大君の 深き恵に 浴みし身は 言いのこすへき 片言もなし

 この阿南惟幾陸相の自決は徹底抗戦派を抑える決定打となりましたが、水戸の陸軍では近衛師団のクーデター失敗が伝わらず、東京上野公園に集結し美術学校を占拠します。しかし、クーデターが失敗したことを知り愕然とします。近衛師団でクーデターを起こし、身柄を拘束されていた石原少佐が説得を買ってでますが、一部の将校が発砲し、石原少佐は死亡。その将校も斬られて死亡。直属の上官は自決。他の将校も数名、水戸に戻って自決しました。(上野事件)

  近衛師団の反乱に昭和天皇はこう仰られました。
「いったい、あの者たちはどういうつもりであろう。この私の切ない気持ちがどうして、あの者たちには、わからないのであろうか」「わたしが出て行こう」「兵を庭に集めるがよい。私がでていってじかに兵に諭(さと)そう」

 阿南陸相の自決についてはこう述べられています。
「阿南は阿南の考えがあったのだ。気の毒なことをした」

 15日正午、玉音放送が流されました。鈴木首相はその日の午後、辞表を提出しました。


参考文献
 幻冬舎「昭和天皇論」小林よしのり(著)
 中公文庫「われ巣鴨に出頭せず」工藤美代子(著)
 中公文庫「秘録 東京裁判」清瀬一郎(著)
 別冊正論「遥かなる昭和」『皇国護持ヲ念ジツツ本夜自決ス』岡村青
 講談社学術文庫「昭和天皇語録」黒田勝弘・畑好秀(編)
 PHP文庫「鈴木貫太郎」立石優(著)
添付写真
  終戦の日の皇居前(PD)

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終戦の詔勅 (玉音放送)
http://www.youtube.com/watch?v=LSD9sOMkfOo

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