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死闘!加藤隼戦闘隊 VS フライングタイガース

こっそり参戦してきたアメリカのフライングタイガース。

Sp40c


 フライングタイガースというのはアメリカ陸軍航空隊大尉であったクレア・L・シェンノートがルーズベルト大統領の後ろ盾を受け100機の戦闘機と100名のパイロット、そして200名の地上要員をアメリカ軍内から集めた航空部隊のことで、アメリカの中立という立場から(義勇兵)という形で、中華民国軍として兵籍に入りました。ほとんどは米軍人で退役の形をとりましたが、米軍復帰は約束されており、真珠湾攻撃前の姑息な方法によるアメリカの参戦であり、中立違反です。(アメリカ合衆国義勇軍AVGという)

 このフライングタイガースと日本陸軍飛行第六十四戦隊・加藤隼戦闘隊が激戦を交えています。昭和16年(1941年)12月25日のラングーン空襲で、25機の隼で九七式重爆撃機を護衛していた時にフライングタイガースと交戦。宿命の対決の幕が切って落とされました。

 昭和17年(1942年)3月21日、加藤隼戦闘隊はタイのチェンマイ飛行場に集結。フライングタイガースはビルマのロイウィン、ラシオ付近に展開していました。
 4月6日、フライングタイガースP-40トマホークがチェンマイ飛行場を空襲します。P40の航続距離から考えると不可能と思われていましたが、中継基地をつかっての空襲であり、奇襲となりました。
 4月8日、加藤隼戦闘隊はローウィンを攻撃します。このとき戦隊が得ていた情報はフライングタイガースは既に戦力を消耗しているという情報でした。そのため実戦経験のない搭乗員も連れて行ったのです。しかし、フライングタイガースの戦力は十分残っており、しかも待ち伏せされており、戦隊が地上攻撃をはじめたとき約20機のP40がまともに上からかぶさってきました。苦しい戦闘の末、戦死1、未帰還3という結果となります。エース中のエース、安間大尉が戦死し、三人未帰還という損害を被りました。フライングタイガースは現地のシナ人を使って地上から監視させ、無線などで日本機の進行コースなどをAVG司令部に知らせていたのです。

「不覚であった!」

加藤戦隊長はチェンマイ飛行場へ帰還すると沈痛な表情でつぶやきました。この日の夕食時、加藤戦隊は灯の消えたようでした。ローウィン攻撃に参加していなかった檜與平中尉は「戦隊長、残念ながら打つ手がありませですね」というと、加藤戦隊長は次のように答えました。

「檜、おれはかならず、きょうの恨みを晴らしてみせる。いいか、人間はいかなる困難にぶつかっても、投げてはいかんぞ。方法はきっとあるものだ」

それから加藤戦隊長は夜遅くまでえローウィン攻撃の作戦計画をたてはじめました。そして出た答えは夜間航法による払暁攻撃でした。650キロ先のローウィンまで2時間の夜間飛行が必要になります。月齢23日のわずかな月明かりの中、人家はなく山また山という650キロです。

「航法だに成功せば、敵を奇襲しうるの確信を有す」

加藤戦隊の安田義人曹長は加藤戦隊長のこの言葉を20年後も忘れることができない、と記しています。

 4月10日、加藤隼戦闘隊9機は夜間に出撃し、途中4機がエンジン不調で引き返し、残る5機が払暁にピタリとローウィン上空に到着しました。加藤戦隊長の航法はパーフェクトでした。ローウィン飛行場にはトマホークP-40が23機、カバーをかぶせたまま一列横隊に並んでいました。加藤戦隊は急降下し、ダ、ダ、ダ、ダッ、と一撃をかけ上昇。更に急降下し銃撃。これを数度繰り返し敵に損害を与えました。奇襲成功です。

 部隊はチェンマイ帰還後、直ぐ第二撃に飛び立ち、再びローウィンを攻撃します。加藤戦隊長、十八番のピストン攻撃でした。「こちらもつらいが、敵はなお苦しいのだ」と部下を叱咤激励しました。
 夕方、ローウィン上空で加藤戦隊とフライングタイガースの死闘が繰り広げられました。フライングタイガース2機を撃墜。加藤戦隊も後藤曹長と三砂曹長が戦死し、檜中尉が負傷するという激戦でした。

 加藤戦隊は4月26日にはビルマのマグウエ基地に前進し、28日にローウィンを攻撃。このとき平野伍長機は撃墜されますが、伍長は落下傘で脱出し、敵地から奇跡的に生還します。29日のラシオ攻略の陸軍落下傘部隊の護衛では安田曹長機が撃墜されるも胴体着陸し、これも敵地から奇跡的に生還しました。フライングタイガースは4月30日には昆明に退却し、7月3日には解散しました。(中国空軍起動部隊(CATF)に編入)


参考文献
 学研M文庫「栄光 加藤隼戦闘隊」安田義人(著)
 「歴史通」2010.3月『加藤隼戦闘隊を知っていますか』佐藤暢彦
 光人社「隼戦闘隊長 加藤建夫」檜與平(著)
 光人社NF文庫「つばさの血戦」檜與平(著)
 PHP研究所「歴史街道」2011.8『加藤隼戦闘隊』
参考サイト
 WikiPedia「フライング・タイガース」「加藤隼戦闘隊」
添付画像
 フライングタイガースに所属するP-40Cトマホーク(PD)

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一式戦闘機 隼
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